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加寿女1902生〜1982没は、自得の妻。日本女子大文科卒。大正末期とり俳句に入り、昭和15年より俳誌「さいかち」の女性雑詠選者となり、自得没後「さいかち」主宰者。日本茶道会教授でもあり。府中市に在住していた。句集に「花菜集」ほか多数ある。
この句碑は、昭和39年10月に除幕された。除幕式の主催者は、さいかち摺上支部なでしこ句会。後援は、福島県観光課・尾瀬林業観光株式会社であった。除幕式には、この年亡くなった新城杏所からも祝電がよせられている。 この句碑の建立について、大橋とし子さん(福師卒。さいかち同人でさいかち摺上支部主宰を経て、なでしこ支部主宰。俳人協会会員。句集に「花木槿」「みちのく」「愛」外がある。東京都目黒区在住)が、「さいかち」の「磐梯比翼句碑除幕式特集」の中に、「建碑のための日記」を寄せている。その前文に、 「みちのくに御縁の深い自得先生の御作を、「自得磐梯句碑」として、先生曽遊の地に建てさして頂いてから一年になる。今度は、令夫人加寿女先生の句碑をその側に建てさせて頂き、ここに、「磐梯比翼句碑」が完成され悠久な時の流れの一瞬を領して、記念すべき除幕式を行うことができたのである。 辞書をひもとけば、比翼とは二羽の鳥が互いに翼を並べること、夫婦のたとえ。比翼連理とは、比翼の鳥と二本の木の木目をつらねる枝、夫婦の深い縁、とある。 先生のそれは、明治21年7月、磐梯山噴火の折、地底より噴き、そのままゆったりと落ちついた、高さ20尺、幅9尺の巨岩、そのかたわらの台傘をさしかけたにも似た老松をへだてて、つつましく、影の形に添うごとく控えた、高さ3尺5寸、幅4尺5寸という小岩を発見したとたん、私は比翼連理の句碑の構想を得たのである。・・」と、あるように、この比翼句碑の建立には大橋さんの力があずかって大きい。 |
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