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五色沼ハイキングコースを、桧原湖側から千メートルあまり入ると、左側に遠藤現夢の墓入口の標識がある。そこから350メートルほど山道を入ると現夢の墓がある。巨大な噴火岩の上部に現夢の墓と刻まれ、その基部に「天遊院仙翁豊徳居士・昭和十一年十二月六日享年七十三現夢 遠藤十次郎」「玉容院正室妙光大姉・明治二十八年十一月二日享年三十一妻イク」と刻まれた法名銘石がある。
その右、15メートルほどの所に大きな噴火石を台座にした高さ1メートルほどの自然石に上記の歌が刻まれている。 墓石の前には「現夢翁略伝」碑がある。 「裏磐梯国立公園ノ開祖遠藤十次郎ハ元治元年正月十日会津若松新横町瀧口大右衛門ノ十二男ニ生ル。後遠藤ノ姓ヲ継グ。」資性剛直、物欲恬淡、国家ニ奉ズルノ念篤ク醤油醸造ノ傍ラ植林開墾ニ着目シ松平家ノ廟所見禰山ニ杉ヲ、鶴ヶ城趾ニ桐ヲ植エ又濠ノ水利ヲ完成シテ養鯉ヲナスト共ニ数十町歩ノ美田ヲ開ク等社会ニ貢献スル所大ナリ。明治二十一念磐梯山ノ大噴火ニ一望荒廃ノ此地ニ立チ一念発起シ数々ノ苦難ヲ克服、遂ニ官地壱千数百町歩ノ払下ニ成功シ自ヲ先頭ニ立チテ鍬ヲ執リテ植林シ道路ヲ開発シ将来ノ大森林公園ヲ期シテ半生ノ心血ト私財ヲ傾ケテ事業ハ着々其ノ緒ニ就ク。後森林組合ヲ結成シ旧噴火口ニ注水シテ温泉トナスノ大工事ヲ開発シ成功セシモ此事ハ組合ノ法規ニ触レル所トナリ憂悶遂ニ病ヲ得テ再ビ起ズ。酬ハザル生涯ヲ閉ズ。享年七十有三。生前自ラ選ビシ此大墓石ハ噴火ノ際ニ飛来セシ最大ノモノニシテ永ク其志ヲ伝フベク然モ其功ヲ語ルモノハ其中ニ植エシ松ノ緑ノミカ。嗚呼不肖不敏、父ノ終局ヲ全フシ得ザリシヲ慨ム。 昭和三十六年亡父廿七回忌ニ際シ 男 義之助誌 裏面に、 とこしえに来りつたへよ時鳥知る人ぞ知る父の功を 会津若松市栄町七一二 遠藤義之助 とある。 明治21年の磐梯山噴火によって、裏磐梯は泥流に埋め尽くされ、累々とした噴火岩に覆われ、大小二百余の湖沼が生まれた。四百余名の犠牲者を出した荒廃の地に道路を拓き植林を手がけた現夢翁の苦闘は前記の「略歴」のとおりである。噴火後百年を経た今日は、一望緑の山野となり一大観光地と化して、五色沼ハイキングコースを散策する人がたえない。 訪れる人もめったにいないひっそりした樹林の中の大墓石を見上げていると、自らこの地を選んで静かに眠る現夢翁の感慨がしみじみと偲ばれる。 |
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